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沢木耕太郎 『危機の宰相』

危機の宰相


政治家・池田勇人、エコノミスト・下村治、宏池会事務局長・田村敏雄―大蔵省という組織における敗者三人が、戦後の激動期をへて、「所得倍増」という夢を現実化してゆく…。「文藝春秋」誌上に発表された幻の作品が、加筆されてついに単行本化!!『テロルの決算』と対をなす歴史ノンフィクションの傑作。   (BY BOOKデータベース   2006.04.10  魁星出版)


久しぶりに沢木耕太郎の著作を読みたくて積読していた本が本書である。一時期沢木さんの著作を乱読しまくった時期があったが、どれもこれもフィクションとして素晴らしい観察力、編集力、抒情的で得意な視点で尋常じゃないリーダビリティがあった。著者の小説も淡々とした静謐な筆致で世界観に浸ってしまうのだが、やはり個人的にはこの著者のフィクションに方を並べられる書き手はそうそう見つからないと思ってる。

だが、本書もノンフィクションとはいえ「政治家」に焦点を当てたもので、いままでのとは少し題材が異なっている。でも、そこは沢木さんなのであまり知らない政治家の話だとしても興味深く読めるだろうとは思っていた。もちろん、それはその通りで自分がまだ存在してない時代の事ですら感心を持てるようにもなった。でも本書は名著『テロルの決算』後、『一瞬の夏』の前に書かれた作品であり、それから数十年後の2006年に加筆修正し出版に漕ぎ着けた作品らしい。こんなに年月が経ってしまったのはあとがきに詳しいが、出版が待ち望まれた本でもあったようでそれだけで内容の素晴らしさを物語っていると思う。

本書は政治家・池田勇人、エコノミスト・下村治、宏池会事務局長・田村敏雄という三人の「ルーザー」に焦点を当てて、【所得倍増】という政治史に残るスローガンを実行した経緯と内情を克明に抉り描き出したものだ。「ルーザー」とは何かというと、文字通り「敗れた者」という意味なのだが、本当の意味でのルーザーではもちろんない。この「ルーザー」というのは池田内閣誕生以前に三人とも人生において(政界人として)挫折を味わい苦労して一端ドロップアウトしたという経歴から、沢木は「ルーザー」と名付けただけなのだ。しかも、この「ルーザー」というのは吉田茂がいつかに言った「日本はグッドルーザーだった」という言葉をこの三人にも当てたものなので、三人は「良き敗戦者」というくくりで実は賛辞なのだ。

その三人が何をしたかというと、これは前述したように「高度成長」を【所得倍増】計画をもって成したという日本の政治史に足跡を残した偉業を描いている。表舞台にでて日本を牽引した池田に事務の元締めとして裏方に徹した田村、そして池田の頭脳として政策を計画した下村。この三人をそれぞれ章の主役とし、実に奇妙ともいえるような三人の結びつきを端整な筆致で読ませてくれる。だが、この頃は初期の沢木さんだからなのか、1人称と3人称が入り混じっており少し統一感に欠け読みやすくはない。所得倍増という経済も絡んでくるので僕は読めたが、興味がなければ読破は難しいかも知れない(苦笑)

だが、そうはいってもこの頃から沢木さんの無駄のない端整な筆致で沢木さんらしい筆運びは変わらなない。高度成長論を支持するものがブレーンの中でもあまり居ない中、ルーザーたちは所得倍増というスローガンを掲げ見事自分達の目標を達成してしまう。もちろん、それは舗装された綺麗な道程ではなく、長く険しいものであり、そこに至るまでの経緯には人間臭さが滲み出ている。しかし、政治家も人間であり人間臭さがぷんぷんするドラマを沢木はよくぞ描ききったという読後感だ。三人がルーザーからグッドルーザーになった信念を貫く姿勢と沢木さんはまだ30歳前後のときによくここに焦点を当てて書ききったなと賛辞を贈りたい。

そして、民意をしっかりと把握し実行してくれる政治家が僕の知らない時代にまだいたこと。それに比べ「美しい国」みたいな抽象的で何をするのかすらヴィジョンが見えてこないスローガンを掲げた現代の政治家はなんなんだろうと一層強く思ってしまう(苦笑)これを読んでる時に「歴代首相ベスト」と「ワースト首相」なるアンケートを目にしたが、ベストの方は昔の首相ばかりで、ワーストは最近の首相ばかりである。時代が移り変わるにつれて政治家は本当のルーザーになってしまったのかなと、グッドルーザーたちと比べて嘆いてしまうのであった。




3.8 なむなむ!



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.26 2011 【本:ノンフィクション】 comment0 trackback0

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