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『アメリカン・サイコ』 メアリー・ハロン

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原作はブレット・イーストン・エリスの『アメリカン・サイコ』。当時、出版が決まっていたにも関わらず、残忍な描写や過激な内容から、契約が破棄されてしまったという曰く付きの作品。無事出版した後も批判が殺到し、その後作者は数年もの沈黙をしなければならなかったというから小説は余程精神にくるものがあったのだと想像するに難くない(因みに映画はR-15指定)。

映画の方は監督の意向により、残虐な殺人シーンは控え、80年代の風刺や内面描写に徹したという。観てみると確かにクリスチャン・ベール演じる主人公パトリック・ベイトマン(なんという印象的な名前!)の精神の、感情の吐露が前面に押し出ている。しかもクリスチャン・ベールの怪演もあってベイトマンという人物像のアウトラインがくっきりと浮かんでいた。

そう、なんといってもパトリック・ベイトマンなのである。映画の冒頭は彼の独白ないし自己紹介で始まる(僕が好きなフィクションは決まっていつも一人称だ)。それもよりによって名前・住所から始まり使用しているスキンケアや化粧水にまで及び、それらを当然のごとく我々に語り掛けてくるのである。まるで俳優であるかのように。それらは強烈な自己主張と異常なまでの執着心が存在していることを提示する。

度を越えた執着心で最も印象的だったのはオフィスでの名刺の自慢大会。自分の名刺が一番のスタイリッシュだと思って披露したのが、同僚の方がもっと洗練されていた、というそれだけのことで彼は痙攣するほどの屈辱感を味わうのだ。恐ろしいけれど、滑稽。彼の行動は常軌を逸しているが、滑稽でユーモアを誘うのである。その相剋が一層の恐怖感を煽ってくる。ホラーの本質を鋭く的確に突いてくるブレット・イーストン・エリスの力量を推し測るに容易い。

趣味はエクササイズと殺人。部屋のインテリアは白亜のソファやバルセロナチェアでモダンに統一された、上流階級としてはいかにも、という感じ。毎日どの店で予約を取るかがステータス。物質主義と消費社会にどっぷりと浸かったライフスタイル。一方では、そこに自分と違いすぎる人がいたからとナイフでめった刺しにし、チェーンソーで娼婦を追いかけ回して殺す(このシーンも笑いを誘うが、後に娼婦の脳ミソを食べたと告白する)。名刺の彼は云わずもがな。パラフィリア、ネクロフィリア、カニバリズムを併せ持つ3高…じゃなくて、こういうとき3何っていうのか分からないが、表現しがたい倒錯者なのである。加えて自身を才能がなくて空っぽだと認識している。彼の性質と性格と嗜好が異常なまでの他に対する排他へと向かわせ、リビドーや殺しへのパスポートとなってしまったのだろう。

華やかな生活と狂気的な連続殺人が80年代の社会風刺をバックグラウンドとし、ベイトマンのライフスタイルの元、ちぐはぐに接続された正にサイコパスなアメリカ人なのである。出版当時アメリカで毀誉変貌甚だしかったのは、こういうことだったのだろう。愛国心=アメリカ人といういかにもな評価で、表情がひきつってしまう。




しかし本当にベイトマンは異常なのだろうか?







ここからの門をくぐるものは一切の希望を捨てよ(つまりネタバレ)↓
















彼は多くの人々を殺害したし、それで満たされた。つもりだった。あくまでもつもりである。なぜなら彼は最後の独白で

「僕は痛みは鋭く永久に続く。より良い世界など望むものか。この痛みを他人にも味わわせてやる。誰も逃しはしない。

 でも僕は何のカタルシスも感じない。僕は罰を受けることなく自分のこともわからないまま。僕の言葉など誰にも理解できない。だから告白など何の意味もない。」

と言ってのけるからだ。自分自身を全く把握できなずにこれからも殺していくつもりなのだ。しかしそれは妄想の中、脳内での話であり、そべては彼が創造した虚構でしかない。だから、彼は「何のカタルシスも感じ」ず、あれだけ他人に見られたり話したりしたにも関わらず糾弾も罰も受けることがない。彼の周囲がおかしいのではなく、彼自身の認識がおかしいのだ。

それを踏まえて「僕の言葉など誰にも理解できない」のであり、今後も想像殺人は可能、ということに帰結出来る。告白で終わり告白で終わる=自分を披露し自分を見失う。なんとも痛切な映画ではないだろうか。























この門を無事くぐったものは整然と退出せよ(つまりネタバレ終了







そしてなぜ彼が異常ではないのか。それは想像するということは誰にでも可能、ないし日常的に行っている事だからである。妄想と置き換えてもいい。告白される理想のシチュエーションは?空を飛んだらどんな感じ?それらを想像や妄想をしてみたことはいくらでも誰にでもあるハズ。それがベイトマンの想像力のようにいささか特異であるが故のマイノリティである、というだけで、異常という烙印は押せないのではないのか。性的マイノリティも身体的、思想的、なマイノリティというだけで区別することはただの差別でしかない。ネタバレ部を含め総括すると、彼の独白は異常者・殺人者の独白ではなく、いささか倒錯的なマイノリティの独白であり、彼の「誰にも理解できない」と嘆く言葉は、痛烈な痛みと苦悩と慟哭を携えて、我々は「理解でき」るのである。傑作に成り得た名作、といったところではないでしょうか。ベイトマンの無為がいつまでも尾を引いている。







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.13 2016 【映画:サイコパス】 comment0 trackback0

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